M&A全般業界再編

【銀行→投資会社→IT企業】50年の経験とM&A-エヌヴイ・コミュニケーションズ相談役・熊田恒雄による連載コラム①-

私は団塊の世代に生まれ高度成長期に銀行の融資部門を経験し、日本企業の国際化の中でアメリカに通算11年駐在した。その後30年の銀行勤務経験を経て投資会社の役員へと転身し、ファンド運営と事業再生投資に携わり、多くの企業経営と事業の再生を経験した。

さらには投資先のIT企業の経営を通じ、一貫して考えていたのは企業、産業の発展、再生、再編にはM&Aが大きな役割を果たしていることだ。

シュンペーターの経済発展論における「新結合」しかり、このM&Aが果たす役割は、社会的にも経済的にも今の日本にとって非常に大きいと感じている。

 

3回にわたり、具体的にこのM&Aの体験を語ってみたい。

第1回:バブル崩壊 日米金融機関と産業のM&A

第2回:投資会社の事業再生投資とM&A

第3回:IT企業の経営戦略と今後の第四次産業革命

 

 

第1回:バブル崩壊 日米金融機関と産業のM&A

 

戦後復興から高度成長の時期、30数行に集約されていた普通銀行は、合併により13の都市銀行と3つの長信銀に再編され、その存在を確立していた。バブル崩壊後、東京銀行と三菱銀行の合併に始まる再編によって都市銀行は現在の4メガバンクに集約され、さらに約200の地方銀行の統合が進行している。

 

近年は、約1,800兆円の個人預貯金の拡大と、企業の内部留保拡大による運用難の中、ネットバンキングやフィンテック、決済機能の多様化等、銀行の存在が大きく問われる時代となっている。

 

銀行の運用難を招いた背景には、三業種規制など秩序なき金融行政による、厳しい貸し出し姿勢と担保主義の強化があり、銀行の信用創造機能の低下は結果として企業の内部留保を厚くし、技術開発投資の抑制に繋がった。

 

日経平均株価が史上最高値の38,915円を付けたのが平成元年(1989年)の12月、翌年から株式市場が暴落し、日本は長い経済の停滞に入った。私の銀行員としての歴史は、合併によってできた巨大銀行、第一勧業銀行を頂点とする、高度成長を支える銀行体制時代にはじまり、バブル崩壊後の銀行再編の中で終えることになる。

 

ダラス支店での出来事

 

ダラス支店駐在中の融資の現場で、その後の米国証券市場の混乱と暴走を予想させる事件に遭遇したこともあった。

着任して3日目、支店の融資担当者が支店長室をノックして、落ち着いた顔で「テックス(私のニックネームTEX)、U社(米国水回り機器メーカー)が、チャプター11(民事再生法)に入りました」との報告。着任早々まずいことになった。融資残高5百万ドルをカバーする担保は、約1百万ドルの売掛債権ファイルのみで、約4百万ドルが回収不足になることが頭をよぎった。

 

しかしその担当者は落ち着いた様子で「このローン債権はすぐマーケットに出し、回収不能額は最小限に出来る」とのこと。私には良く理解できなかったが、それから1週間で後に言われるジャンク債市場で4百万ドル以上の値がつき、さらに他の債権と合成され(SYNTHETIC BOND)、5百万ドル以上の債権(BOND)として市場に計上されることになった。

 

その時は米国証券市場の機能に大いに驚き安心することになったが、後々サブプライムローンに始まるジャンクボンドがマーケットで売買され、米国証券市場を大混乱に陥れるリーマンショックにつながることは知る由もなかった。

 

繰り返される歴史

 

過剰流動性の中で規制緩和が進み、ウォール街を中心とする資本市場の暴走がバブルを生むという歴史が繰り返されている。人間の英知がこの負の連鎖を断ち切り、技術革新による実物経済の発展が主導する世界が待たれる。

 

1990年代のエネルギーバブル、住宅バブルの中では、コンチネンタルバンクの破綻から業界再編が始まり、その後のリーマンショックを経て銀行規制が緩和され、日本と同様にM&Aによってシティ、モルガンチェース、バンクオブアメリカ、ウェルズファーゴの4メガバンクに集約。また証券業規制も緩和され、JPモルガン、ゴールドマンサックスも同じ土俵で金融業界を形成することになる。どこの国でも歴史は繰り返され、ケインズとハイエクの論争が教訓として生かされているのか見守りたい。

 

ヒューストンの石油会社の大型M&A

 

さらに米国駐在時代には、石油業界の中心の町ヒューストンにおける、石油会社の大型M&Aを目の当たりにした。

 

石油価格が乱高下する中で、埋蔵量には限界があり、掘削技術の開発と原油開発に膨大な資金がかかる事から、埋蔵量確保を目的とした、活鉱区買収や、鉱区を持つ会社の買収が活発化した。

エクソンモービルの合併のほか、シェブロンのガルフ、テキサコ買収は大きな事件として話題になり、買収劇の中で、ホワイトナイト、ゴールデンパラシュート、ポイゾンピルなどのM&A用語を目の当たりにした。

業界再編を経て、現在は掘削技術の進歩と、オイルシェールの開発が進んだことにより、原油価格は安定している。

 

1996年三菱銀行との合併に伴い、ダラス、ヒューストンの支店長として、支店の統合を完成して帰国、今度は横浜支店の統合を何とか成し遂げて、定年を迎えた。

三菱の組織と大きく企業文化の違う、東京銀行の顧客層と組織を統合するに当たり、多くの難題に直面したが、この合併、統合の話は別の機会にしたい。

 

執筆者紹介 エヌヴイ・コミュニケーションズ株式会社 相談役 熊田恒雄 氏
1947年 東京生
1971年 横浜市立大学商学部卒
1971年 東京銀行(現三菱UFJ銀行)入行   本店営業部、新橋支店、ヒューストン、ロサンジェルス融資担当
1993年 ダラス支店長、ヒューストン支店長
1997年 理事横浜支店長
2000年 日本アジア投資会社常務、専務を経て2008年退任
2008年 エヌヴイコミュニケーションズ株式会社社長、会長を経て現相談役