M&A全般

【銀行→投資会社→IT企業】50年の経験とM&A-エヌヴイ・コミュニケーションズ相談役・熊田恒雄による連載コラム②後半-

第2回:投資会社の事業再生とM&A(後半)

 

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筆者が日本アジア投資にいた頃に行った事業再生投資の例を紹介する。

 

民事再生からの事業再生投資

事例(1)

東海地区で技術力のあるメーカーが、業績悪化から民事再生法を適用するとの情報をキャッチし、再生可能と判断し投資に踏み切った。

 

安定した顧客基盤を持ちながら、業績悪化の理由は、生産行程の管理不足とコスト管理の甘さにあった。

 

再建の第一歩は、大手メーカーの工場長を定年退職していた人材と、その下で経理責任者をしていた人材を経営陣として採用し、新社長と経理部長として投入。

 

また銀行債務のリスケ、労働債務の整理と全員再雇用により、再建経営に着手した。民事再生案件の場合、先ず至急やるべきことは、新株主である投資会社と新経営陣による、大口取引先と仕入先の信頼回復であり、丁寧な説明、あいさつ回りを最優先で実行した。

 

新社長による全面的生産ラインの見直しによる、生産工程の変更と製品別コスト管理、工番管理システムを徹底した。

 

民事再生に入った従業員の危機管理意識と、新経営に期待する再建の意欲は高く、極めて短期間のうちに採算は改善していった。

 

投資実行から3年、大手同業他社への売却により、キャピタルゲインを産む成功案件となった。旧経営陣、全社員を集めたM&A発表パーティでは売却先企業、取引先企業を含めた全関係者すべてが喜びに包まれたものとなった。

 

投資のポイント

安定顧客と技術力があれば、優れた生産工程、コスト管理能力を持った経営者、スタッフの確保、全社員、管理層の危機意識次第で再建ができる。

 

事例(2)

関西地区で高い技術力を持った石油関連製品の製造メーカーが、過剰投資に伴う資金繰り破綻で民事再生に入った。超短期間での再建を確信して投資を決定した。

 

技術力に高い自信を持つ当社は、石油会社との取引において、米国内生産による直接取引を狙った過剰投資の結果、資金繰り破綻に繋がった。

 

再生の第一歩は、経営陣の中からの新社長抜擢、社内生産体制の安定化、そしてやはり急ぐのは大口取引先顧客の信頼回復であった。

 

ただちに新社長と共にシカゴに飛んだ。厳寒のシカゴ、投資会社株主と新経営陣による再建計画を約5時間にわたり必死の思いで説明した。重苦しい空気の中、帰ったホテルに夕刻、新契約更改の一報が入った!

 

一度民事再生に入った会社の社員の危機意識と新経営陣の意識は高く、新社長による新事業分野への展開は早く、国内取引先からの出資も順調に進み、投資実行から約3年でジャスダック上場という形で再建が完了した。

 

(この案件の裏話)

実は私の東京銀行ヒューストン支店長時代、この企業のオーナー社長が来店し、ヒューストンにおいて現地生産のため、設備投資資金として一千万ドルの借入をしたいという申し入れがあった。

 

石油業界において極めて難しい直接供給体制参入を考えると、この計画は無謀と判断し、融資を断った経緯があった。再生投資の実行をする私との再会に、不思議な運命を感じたに違いない。

 

 

投資のポイント

技術力の正当な評価、早急な顧客の信頼回復が成否を決める。

 

失敗の本質

事例1

大手メーカーのティアワン(一次下請け)の樹脂成型部品メーカーのA社は、メーカーのリコール問題で上場株が暴落した。

 

これをチャンスに34%の株を買収、取締役として経営に入り、経営の合理化、生産体制の合理化、販売先の多角化など再建を目指した。

 

新たに経営者を社長として投入するも、続けざまにメーカーによるリコールが発生し、再建を断念するという結果となった。

 

再建の成功にも、失敗にも明確な理由があり、投資会社の極めて優秀なスタッフとともに多くの経験をした。M&Aによる売り手、買い手、マーケット、そして社員全てが喜ぶディールと同様、事業再生の成功には産業社会にとって、大きな意義があると思われる。

 

上記の事例からも見られるとおり、経営が悪化する要因には、無謀な経営計画、杜撰な経営管理がつきもので、オーナーや株主のためでもなく、社員の為にあるべき会社を崩壊させる結果となる。

 

執筆者紹介 エヌヴイ・コミュニケーションズ株式会社 相談役 熊田恒雄
1947年 東京生
1971年 横浜市立大学商学部卒
1971年 東京銀行(現三菱UFJ銀行)入行   本店営業部、新橋支店、ヒューストン、ロサンジェルス融資担当
1993年 ダラス支店長、ヒューストン支店長
1997年 理事横浜支店長
2000年 日本アジア投資会社常務、専務を経て2008年退任
2008年 エヌヴイコミュニケーションズ株式会社社長、会長を経て現相談役